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大阪高等裁判所 昭和51年(ネ)1853号 判決

控訴人(附帯被控訴人)

寺岡信一

右訴訟代理人

江谷英男

藤村睦美

被控訴人(附帯控訴人)

津田賀茂代

右訴訟代理人

板持吉雄

外二名

主文

本件控訴と附帯控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の、附帯控訴費用は附帯控訴人(被控訴人)の各負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という。)

1  控訴につき

原判決中原審昭和四七年(ワ)第二、三九七号事件の控訴人敗訴部分を取消す。

被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という。)の予備的請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  附帯控訴に対し

本件附帯控訴を棄却する。

附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  控訴に対し

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

2  附帯控訴につき

(一) 原判決中原審昭和四七年(ワ)第二、三九七号事件の被控訴人敗訴部分を取消す。

昭和二九年三月三日付大阪法務局所属公証人堀部浅作成にかかる遺言者亡寺岡千代の公正証書遺言は無効であることを確認する。

控訴人は、被控訴人に対し、原判決添付目録記載の建物について大阪法務局天王寺出張所昭和四七年三月一〇日受付第五、五七五号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

(二) 原判決中原審昭和四七年(行ウ)第六五号事件に関する部分を取消す。

原判決中添付別紙記載の簡易保険契約につき、保険金受取人が被控訴人であることを確認する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

当事者双方の事実上の主張および証拠関係は、次に述べるほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人の主張

1  本件建物は終戦直後に建てられた固定資産税もかからぬ粗末なもので、建築後約三〇年を経過しており、その敷地の使用貸借は被相続人たる寺岡千代の死亡によつて消滅したもので、被控訴人が右建物の持分権を取得すれば、その敷地を明渡すべき義務を負担し全く無価値のものであるから、遺留分減殺請求の対象とはなり得ない。

2  しかも、寺岡千代死亡当時、同人は本件建物以外にも少くとも別紙物件目録記載の動産を所有していたのであるから、無価値な本件建物の遺留について減殺の効果を認めるのは失当である。

3  仮りに右主張が理由がないとしても、控訴人は昭和五三年三月一六日の本件口頭弁論期日において民法第一〇四一条第一項に基づき遺贈の目的物である本件建物の価額の二分の一の額を被控訴人に弁償する旨の意思表示をしたから、右意思表示によつて被控訴人の本件建物に対する持分権は消滅したものである。

4  被控訴人の当審における一、二の主張は争う。

遺留分権利者が受遺者に対し、民法第一〇四一条第一項の価額弁済を請求する訴訟における遺贈の目的物の価額算定の基準時は、右訴訟の事実審の口頭弁論終結時であるから、その敷地の使用借権の存しない本件建物の価値は到底これを認め得ず、たとえ被控訴人が本件建物につき二分の一の持分権を有することが認められても、控訴人において弁償すべき価額はないことになる。

二  被控訴人の主張

1  控訴人の当審における1の主張は争う。

本件建物が遺留分減殺請求の対象となるか否かは、被相続人寺岡千代の死亡により相続が開始した昭和四六年八月六日を基準として判断されねばならないところ、当時の本件建物の取引価額は金一七〇万円であつたから、本件建物が遺留分減殺請求の対象となることは明白である。

本件建物は被控訴人とその家族の生活には必要欠くべからずもので、もし本件建物がなければ、その生活の本拠を失うに至るものである。また、本件建物の敷地については、被相続人と控訴人との間に、本件建物が存続する間はその使用を認めるとの特約がなされていたものである。この特約は被相続人亡寺岡千代や被控訴人が自己を犠牲にして永年寺岡家のために尽したために、その代償として認められたものであり、したがつて本件建物の貸借は通常の使用貸借ではない。

2  本件のごとく遺贈の目的物たる本件建物がいまだ受遺者に引渡されておらず、遺留分権利者たる控訴人において居住している場合には、価額弁償によつて目的物の返還義務を免れることはできないのである。

三  証拠関係〈略〉

理由

第一原審昭和四七年(ワ)第三三九七号事件について

一主位的請求についての判断〈省略〉

二予備的請求についての判断

1  被控訴人が寺岡千代の唯一人の直系卑属であり、他に相続人がいないことは当事者間に争いがないから、被控訴人は右千代の相続財産について二分の一の遺留分を有することとなる。そしてまた、本件建物が千代の相続財産であること、および控訴人が本件遺言により遺贈を受けたとして、本件建物につき、遺贈を原因として控訴人名義に所有権移転登記を経由したことは当事者間に争いがなく、控訴人は本件建物以外にも別紙物件目録記載の相続財産があつたと主張するが、この事実を確認するに足りる証拠はない(かえつて、〈証拠〉によれば千代の相続財産としては本件建物以外には何もなかつたことが窺われる。)から、控訴人が被控訴人の遺留分を侵害していることは明らかである。

2 控訴人は、本件建物は戦後に建てられた粗末なもので建築後約三〇年を経過しており、その敷地の使用貸借は、被控訴人の母寺岡千代の死亡によつて終了したもので、被控訴人が右建物の持分権を取得すれば、その敷地を明渡すべき義務を負担することとなり、右建物は全く無価値なものであると主張し、〈証拠〉前記一で認定した事実を併せ考えると、本件建物は右千代が昭和二二年頃控訴人からその敷地を無償で借受け、その上に建築したもので、右敷地の使用貸借は昭和四六年八月六日千代の死亡によつてすでに消滅していることが認められる(被控訴人は本件建物が存続する間はその敷地の使用借権を認めるとの特約があつたと主張するが、かかる事実を確認するに足りる証拠はない。)が、〈証拠〉によれば、本件建物は昭和二二年頃千代が約金八万円を投じて建築し、現在被控訴人において住居として使用しているもので、その位置は国鉄大阪環状線天王寺駅に近い四天王寺西門交差点南東約一〇〇メートルの地点にあり、その北向間口約五メートルは幅員約八メートルの市道に面していて、建築後約三〇年を経ているとはいえ、今なお店舗として使用するにも適し(事実、千代は生前本件建物でパンやうどんの販売をしていたことがある。)、その敷地の使用借権があるとして引続き使用し得る場合の昭和四六年八月六日当時(相続開始時)の本件建物の取引価額は金一七〇万円を相当とすることが認められるのみならず、いまもし、被控訴人が遺留分減殺請求によつて本件建物につき二分の一の持分権を取得することになれば、本件建物の処分、変更および利用については、被控訴人の同意を必要とすることとなり、控訴人だけでは勝手に措置し得ないこととなるのである(民法第二五一条、第二五二条参照)から、これらの点を彼此考えると、相続開始時および当審における口頭弁論終結時のいずれの時点においても、本件建物は無価値のものでなく、まだかなりの価値を有するものと認めるのが相当である。

すると、本件建物は全く無価値のもので遺留分減殺請求の対象とはなり得ないとの控訴人の主張はとおてい採用することができない。

3  そして、被控訴人が本件訴状により遺留分減殺請求権を行使し、その訴状が昭和四七年六月一四日控訴人に送達されたことは本件記録に照して明らかであるから、本件建物の遺贈はその二分の一の限度において減殺の効果を受けたものといわねばならない。

すると、被控訴人は本件建物につき二分の一の持分権を有するものというべきである。

4  控訴人は被控訴人の遺留分減殺請求に基づく目的物返還に代えて価額による弁償を主張するので検討する。

(一) 被控訴人は、本件のごとく遺贈の目的物たる建物がいまだ引渡されておらず、遺留分権利者たる控訴人において居住している場合には、価額弁償によつて目的物返還義務を免れることはできない旨主張するが、民法第一〇四一条第一項が受贈者および受遺者は減殺を受けるべき限度において、贈与または遺贈の目的物の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免れることができると規定し、受遺者らに目的物返還と価額弁償の選択権を認めた右規定の趣旨よりすれば、遺贈の目的物が受遺者に引渡されたか否かによつて区別すべき合理的理由はないから、被控訴人の右主張は採用の限りでない。

(二) 次に、控訴人は、本訴において、民法第一〇四一条第一項に基づき遺贈の目的である本件建物の価額の二分の一の額を被控訴人に弁償する旨の意思表示をしたから、遺留分減殺請求によつて被控訴人の取得した二分の一の持分権は右意思表示によつて消滅したものであると主張し、控訴人が昭和五三年三月一六日の当審第九回口頭弁論期日において、被控訴人に対し、その主張の意思表示をしたことは本件記録に徴して明らかである。

ところで、前記のごとく民法第一〇四一条一項は、受贈者または受遺者に対し目的物を返還するか、価額を弁償するかの選択権を認めているが、遺留分権利者の目的物の返還請求権は、受贈者や受遺者において価額弁償の意思表示をしただけでは消滅せず、価額弁償が現実になされてはじめて消滅するものと解するのが相当である。けだし、そのように解しないと、遺留分権利者が減殺請求をすれば、贈与または遺贈は遺留分を侵害する限度において失効し、受贈者または受遺者が取得した権利は、右の限度で当然に減殺請求をした遺留分権利者に帰属することとなる(民法第一〇三一条参照)のに、受贈者または受遺者の価額弁償の意思表示によつて目的物返還請求権が消滅するとすれば、遺留分権利者はその後は受贈者または受遺者の一般債権者と同じ立場のものとして扱われることになり、折角遺留分減殺請求権に物権的効果を与えて、遺留分権利者を受贈者または受遺者の一般債権者より強く保護した右規定の趣旨を没却することとなり、不当だからである。

そして、本件建物が当審における口頭弁論終結時においてもかなりの価値を有するものであることはすでに説示したとおりであるから、控訴人において目的物の価額を現実に弁償した旨の主張立証のない本件においては、控訴人の右主張はこれを採用するに由ない。

5  以上の次第で、控訴人に対し、本件建物につき二分の一の持分権を有することの確認と右持分権につき遺留分減殺による相続を原因として持分権移転登記手続を求める被控訴人の予備的請求は理由があるものといわねばならない。

第二原審昭和四七年(行ウ)第六五号事件について

被控訴人の右事件の請求については、当裁判所も原審同様理由がなく棄却を免れないものと判断する。その理由は原判決の右事件の理由(原判決一一枚目裏四行目から同一二枚目裏末行まで)に説示のとおりであるから、これを引用する。

第三結論

よつて、控訴人の本件控訴および被控訴人の附帯控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法第九五条、第八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(大野千里 鍬守正一 石田眞)

物件目録〈省略〉

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